心霊ホラー番組って昔に比べて見なくなったよね

「この世にはお化けはいるのか?」という議論が令和の真っただ中、まだ細々となされているらしい。

 

私はお化けがいるかいないか知らないが、いない方がいいなあという風に正直に思っている。

 

昔から私は怖がりで、夜中のトイレには母親を起こして付いてきてもらい、テレビの心霊番組や世にも奇妙な物語なんてとても見られない子供だった。今でこそ少し肝が据わってきて夜中のトイレも平気になったが、お化け自体まだ苦手なものは苦手だ。

 

近所に住んでいた父方の祖母がなぜだか、数珠を肌身離さず持ち歩いていた。なぜ持ち歩いているのか理由は聞いたことはないが、悪霊退散のお守り?と子供心に勝手に思っていた。

 

 

 

幼少期のトラウマ 今見てもお化けの目がコワい

 

 

話は変わるが私の実家のペット事情をお話ししようと思う。当時から今までペット人気で根強いのはやっぱり犬や猫だった。私の周りの友達でもみんな飼っていて、ダックスが特に人気だった。

 

しかし実家でそれらは一度も飼われたことはなく、そもそも家族全員がそこまで生き物が好きではなかったため、積極的に「飼いたい」と話題に上がることもなかった。一応祖父母宅には犬はいたが、私には懐かず常に吠えまくる雑種犬で特に可愛がってはいなかった。

 

そんな実家で唯一飼われた生き物が、カブトムシと金魚である。しかしどちらも飼っていた期間は1年にも満たなかった。

 

 

カブトムシは確か4代目まではひと夏ごとに飼っていた覚えがあるが、エサはスイカの皮に残った果肉を数日に一度与えるくらいで、その住処も歴が何年物なのか特定できないくらいボロボロの虫籠に、庭の土を入れただけの粗雑なものだった。

 

「子供の頃からお父さんはカブトムシを取るのは大得意だったんだ」と事あるごとに豪語するのが父の数少ない自慢できる話のネタであった。

 

私は幼少期の頃、日曜日だというのに朝6時からたたき起こされ、眠い目を擦りながら鼻がツンとする虫よけスプレーを、父に首周りと手に振りかけられた。カブトムシ取りに躍起になっている父に対して行きたくないとはとても言えず、家からほど近くの森に連行されていた。

 

そんな父なので、祖父母曰く本当に子供の頃はカブトムシを乱獲しまくっていたと聞き、当時私が生まれる前にあった地元のド田舎商店でカブトムシを販売してたらしい。乱獲した個体の中で大きいサイズのカブトムシは商店の田中さんに納品してカブトムシバイヤーとしてブイブイいわせてたんだとか。

 

しかしバイヤーの才能のあった父に育成の才はとても無く、家で飼った歴代のカブトムシはことごとく夏の終わりまでに耐えられず、籠の中の湿った土の上で死体となっていた。余談だがカブトムシの死体は角から持ち上げると頭と体が分離して生首状態となるので”ギョッ”としてとても怖い。

 

私は私でカブトムシにそこまでの思い入れはなかったものの、実家に来た初代カブトムシだけは子供心に可愛がっていた。

 

私はカブトムシの名前の候補を「ジーコ」か「ピカチュウ」のどちらかにしようか悩んでいたところ。床の間で焼酎の水割りを飲んでいた父が一言「黒霧島がいいんじゃないか?」と一方的に法案を通してきた。

 

私の反論むなしく晴れて家族の一員となった黒霧島であったが、私は選挙に負けたのもすぐ忘れ黒霧島の籠を学校帰りに必ず見て元気か?と声をかけていた。

 

 

しかし例に漏れず黒霧島も長くは持たなかった。まるで新卒で入社したはいいが、職場は碌に掃除もされない粗悪な労働環境な上、上司は現場のバイヤー上がりでまともに教えてくれない。そんな輩が居座るブラック職場に勤める新入社員黒霧島は疲れ切ってしまい、長生きすることなく8月中旬に過労死してしまった。

 

私もその日ばかりは悲しかったが、翌日はケロッと父にまた新しいの取ってくる?と聞いていた。小さい子供は残酷なものである。

 

それ以降季節が夏を迎えるたびに新しいカブトムシが家に招かれたものの、私も年々飼うのに飽きてしまい、二代目以降はそう黒霧島ほどは気にかけず季節の変わり目が来るたびに屍は積みあがっていった。

 

 

もし当時のカブトムシ達が、今も実家の庭で地縛霊として成仏しないでいるなら、私には絶対に呪わないでいてほしいと切に願う。こうして文章を書き連ね終わった後に手を合わせて成仏を願っていますんで。

 

もしそれでも許さないというのなら、親玉の悪徳バイヤーが今もその家に住んでるんで、是非そちらを祟ってくださいと、黒霧島含めカブトムシ様の面々に伝えたい。今度帰省した時に、祖母のお守りの数珠をしばらく借りようと思った。